風立ちぬの菜穂子のセリフは来てと生きてどっちが本当?ラストシーンについて考察

どうも!土谷ヒロです。

映画「風立ちぬ」は宮﨑駿監督の作品で、主人公の堀越二郎とヒロインの菜穂子を中心に生と死のテーマが描かれています。

生と死の重いテーマなのですが、菜穂子のラストのセリフの「生きて」は、本当は「来て」だったという説があり、その真相とラストシーンについて考察してみたいと思います。

風立ちぬの菜穂子のセリフ

映画「風立ちぬ」菜穂子のセリフなのですが、ラストシーンで夢の中で二郎に投げかけた「生きて」は、本当は「来て」だったという案があったそうなのです。

もし、「来て」だったら2回「来て」が使われることになり、物語の結末が変わってしまいます。

まずは簡単にあらすじで「生きて」セリフおさらいして、1回目の「来て」セリフを振り返ります。

あらすじ&ラストの「生きて」

飛行機に憧れている堀越二郎は、夢に現れた飛行機の設計家・カプローニに励まされ、飛行機の設計者を目指します。関東大震災や大恐慌時代の極貧生活を乗り越え、菜穂子と再会し、結核であることを告げられるが、共に生きていくことを誓い結婚生活を始めるのですが、二郎の飛行機が完成する頃になると、置き手紙を残し姿を消してしまいます。数年後、日本が焦土となり、二郎が打ちひしがれていると夢の中で菜穂子に再会するのですが「生きて」という言葉を残して、その言葉が二郎の心に響き渡り物語の幕は閉じます。

ラストシーンの夢の中で菜穂子は二郎に「生きて」と語りかけるのですが、ラストのセリフ「来て」だったら、夢の中で死んでいる設定になり、結末が変わるので大変なことになりますよね。

「来て」のセリフ

1回目の「来て」は、二郎と菜穂子が結婚して初夜を迎えるシーンで菜穂子が二郎にかけた言葉です。このシーンはジブリ作品としては、珍しく「男女の行為」をあらわすような大胆な表現で物議を呼びました。

結核を患っていた菜穂子から二郎を誘ったこともですが、昭和の時代に女性から男性を誘うようなシーンには、少なからずも衝撃があり印象に残るシーンでもありました。

実際に「男女の行為」が行われたかどうかは、作中では知ることができないので、その判断は視聴者に委ねられる形になりました。

問題の幻の2回目の「来て」は、ラストシーンの夢の中の菜穂子のセリフ「来て」だったという話です。原案ではラストのセリフ「来て」だったのですが、宮﨑駿監督と二郎の声優の庵野秀明氏との話し合いで「生きて」に変えられたそうです。

そもそも菜穂子のラストのセリフを「来て」にしてしまうと全員死んでしまうことになります。

実際に、ジブリの代表取締役の鈴木敏夫プロデューサーの話しによると、原案が2つあったということを明かしています。

鈴木氏のインタビュー

「宮さんの考えた(風立ちぬ)の最後って違っていたんですよ。3人共死んでいるんです。それで最後に(生きて)っていうでしょう。あれ、最初は(来て)だったんです。これ、悩んだんですよ。つまりカプローニと二郎は死んでいて煉獄(ダンテの神曲)にいるんですよ。」

もし、「来て」なら最後の主人公も死んでいたことになるので、言葉ひとつのセリフの変更とは言えど、重大な変更点です。

なぜ、ラストのセリフを変更したのか気になるところなので、変更理由とラストシーンの考察をしていきます。

風立ちぬのラストシーンの考察

「風立ちぬ」ラストの菜穂子のセリフの変更については、宮﨑駿監督と二郎の声優の庵野秀明氏の話し合いで決められたという話は有名ようなのですが、庵野秀明氏はインタビューでこう述べています。

庵野秀明氏のインタビュー

「そのセリフのままだと、死んで終わりみたいになっちゃうんです。ポニョと同じなんです。それでなんじゃこりゃ~と思ったんです。ポニョという作品で、あのラストはいいんだけど、今回もそれを続けると厳しいなと思っていたんです。違う答えを出すと思っていたんですが、また一緒かと感じてしまって。最終的に(宮﨑駿監督)が自分で這い上がって、生きていく方向になったので、それは、すごくうれしかったですね。」

宮﨑駿監督と庵野秀明氏の間では、相当激しく議論したようですね。最終的には「来て」「生きて」に変更になる訳ですが、サブタイトルや映画のポスターにも意味が込められているように考えることができます。

「生きて」の意味

サブタイトルの「生きねば」という意味にはどんなに辛いことがあろうが、精一杯「生きねば」ならないとう意味があり、今の世の中も暗い話題ばかりですが、昔の戦争時代のように、過酷な時代もあったのだから「生きねば」ならないというメッセージを世の中に送りたかったのではないでしょうか。

最後は、ジブリ作品らしく、希望が持てる作品にしたかったのではないかと考察しました。

あと、2012年に公表された映画のポスターでは「堀越二郎と堀辰雄に敬意を表して」翌年公表されたポスターでは「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて」と記されていることから、実在の人物でモデルでもある堀越二郎に敬意を込める意味でも希望をもって生きる方向になったのではないでしょうか。

実在の人物である堀越二郎さんは、防衛大学校の教授などを歴任し78歳で亡くなっています。

まとめ

・風立ちぬの菜穂子のセリフは「来て」が2回使われる予定であったことは事実のようですが、宮﨑駿監督と庵野秀明氏の話し合いで、希望が持てる「生きて」に変更されたようです。その理由は、サブタイトルにある「生きねば」という世の中に対するメッセージを伝えるためと、堀越二郎に敬意を込めての意味に現れていると思われます。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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風立ちぬの菜穂子が山へ帰るシーンの意味は?二郎に宛てた置き手紙についても

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